オ・ジウン
 
新しい韓国人女性の生き方を提示するSSW
DISCS


『ジウン』


伝説のカバー歌舞伎町の女王”


‘あなたが必要です’


“そのままそんなことだよ”


“wind blows”

ディスコグラフィー


album [지은]

2007年 1月 first edition 発売
(自費販売,、ヒャンミュージック限定販売)

2007年 11月
second edition 発売 (ヒャンミュージック限定販売)

2008年 4月 third edition 発売
(ヒャンミュージック限定販売)

2008年 12月
happy robot edition 発売 (全国流通)




12月24日 Winter Night (Single)発売


ジャケの写真が暗いイメージで損をしてると気がするがこのデザインはカメラマンの「正面を見つめてCDを手に取った人とジウンが目が合うようにしたらどう?」というアイデアから「囚人」などが撮影される正面からの白黒写真スタイルに決定した


 

オ・ジウン / 1集 ('08)   CMDC-8328(HRC 1013)

 オ・ジウンさんはずっと紹介したかった歌手の一人である。どうして、「さん」付けなのか?それは彼女の生き方・音楽の姿勢に心が触れたとき同じ日本人で自分が尊敬する人のように親近感を持ってしまったから(後は敬称略)。彼女はyoutubeで少し前に椎名林檎の‘歌舞伎町の女王’をギター1本で完璧に演出し話題となった知る人ぞ知る女性。その歌う姿は神々しくカリスマ性を持っていて私も一瞬でとりこになってしまったがまさか韓国の方だとは思いもしなかった。彼女が自分でUPした歌にジウンというアーティスト名を知り、そこでシンガーソングライターとして自分で曲も書いていて、たまに日本語の歌詞が乗ることもありもっともっと彼女の事が知りたくなった。まるで片思いの女性に想いを馳せる様に。






 ちょうどその頃は07年でオ・ジウンはインディーズから1stアルバムを発売したところで、ライヴなどもホンデで開催していた。しかし、インディーズを販売しているお店は極端に少なく直接youtubeのジウンのIDにCDが欲しい旨をメールしたりしたが、なかなかタイミングが合わずそれきりになってしまっていた。しかも彼女と同じ名前のジウンという新人ダンス歌手が出現し時期が被ったため、巷の話題もダンス歌手へと流れてしまった。(女優さんにもオ・ジウンは2人も存在する!)しかし彼女はイ・サンウンのように時代に流されないような歌を歌っており、いつか有名になるだろう、そんな確信だけはずっと持ち続けていたところ、ようやく昨08年の11月、メジャーの販売経路に乗り
1集‘happy robot edition’としてほとんどの人が入手可能となった。それだけではなく同年12月映画『純情マンガ』のOST盤にも参加し、一般の知名度も一気に上がる。LIVEに関してもその圧倒的な素晴らしさは一度見た人から話題に話題を呼びメジャーに流通が乗った後も、ホンデ周辺で『インディーシーンの女王』とまで呼ばれる様になっていた。
 花屋の前に立ち、お店の人に色々選んでもらって一括りになった花束のようにジウンの声は驚くほど多様な香りとともに変化する。それは1曲目
‘あなたが必要です’でも顕著で低音にかけては椎名林檎の初期作品にみえる可愛さと寂しさをもった声質で、すこしした瞬間に大人の女性の生きる力強さを感じるスケールの大きな歌声へと変わるのだ。まるで信じられない。
 アルバムを占めるサウンドはピアノとギターを主軸に声を大切にした作りとなっていて、彼女自身も語っている通り自分自身を『木』とイメージしそれが部屋の中で少しの日差しを受けている感じを音にしたという。その音楽に加え彼女の凄いところは、そのライフスタイルにある。81年9月生まれの彼女は現在、27歳。韓国音楽界からみても遅咲きである。しかし、ジウンは彼女自身がどうしてもメジャーデビューしたくて芸能界への夢が捨てきれなかった云々ではなく、ひょうひょうと自分らしく生きた音楽人生に周りが共鳴しだしたという例外中の例外なのだ。私はジウンの類まれない歌声は彼女が今まで過ごしてきた“人生という旅”そのものだと思う。その彼女の経歴をジウンが設立したレーベル『sound nieva』HPより下記に添付するので私の言葉の羅列より彼女を深く知るための大切なキーワードを是非そこから見つけて頂きたい。

 

バイオグラフィー
(年齢は韓国独自の数え年なので表記より実際は1歳少ない)

1981年

9月ソウル生まれ
1987年 5歳キム・ワンソンのダンスと歌をものまねして小遣い稼ぎ
1990年 小3の頃、ミュージカル『メリーポピンズ』の猛烈なファンになり
大道芸人バートの人生観に影響され
1991年 小4の時 60年~70年代アメリカ音楽にどっぷり浸かる。一番好きだった歌はビートルズの‘ブラックバード’。カレン・カーペンターの発声法を真似るができない自分に挫折感を感じる
1994年 中1 リアルタイムの米国ビルボードチャートにハマる
1995年 中2 お母さんの友達のカッコイイ息子のLIVEを見に行きROCKの稲妻にあう。その年の冬にはバンドを組み始める。コピーした曲はメガデス, メタリカ等々
1996年 中3 楽器を弾くために爪をのばすのが嫌ですべてのパートを拒否しボーカルへ転向。 『Rumple stilt skin』というバンドに加入、色々な賞を受賞した夏初めと同じ最後のLIVE観客数は約 400人
1997年 高1 勉強のため軽い気持ちで芸能事務所回りをするがあまり意味がなかった
1998年 高2 冬  釜山へ転校
1999年 高3 海賊電波で見れた日本のMTVを宗教のように視聴
2000年 18歳 高麗大学校西洋語文学部入学。入学後自由気ままに暮すと宣言
2001年 19歳 ほんとに自由に暮らしてしまい除籍
2002年 20歳  日本の札幌に語学研修で行き、親の世話にならないと言っていたが援助を受けながら、2年間通訳と翻訳仕事の奴隷になる
2004年 22歳 親からの借金をすべて返す。曲を作り始める
2005年 23歳 '四季'を作曲して初めて音楽でお金を稼ぐ
2005年 23歳 復学。その年の夏 EPを出そうかと思っていたが
そのためのお金をそのまま友達と一緒にヨーロッパ旅行に使ってしまった
2005年秋 23歳 またバンド手始めグループ名はスペイン語で theという意味の 『el』
2006年夏 24歳 メンバーが変わりグループ名も 『on』に変わりながら結局、キーボードと私だけが残り『heavenly』と名前を変えクラブなどを中心に活動する。
2006年秋 25歳 ユ・チャハ音楽コンテストで銅賞受賞。準備していたEP予定を曲数を増やし1集として本格的にレコーディングを始める
2007年 26歳  2年間 溜めた曲たちを集めたセルフプロデュースアルバムである1集を発表とともに独自レーベル『sound nieva』設立


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