クレオ(CLEO)
 
オレンジのように爽やかだった女性トリオ


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動画
(提供:54mphさん 他)

                                     
1集‘Good Time’ 
1集‘あなたが私に恋した時だけ’
2集カムバックステージ
2集‘Ready fo love’日本語字幕MV
2集‘矛盾’
3集カムバックステージ
4集‘Replay’
4集‘ぐらぐら(フンドゥルフンドゥル)’
4集‘童話’
Enjel ‘Make Up’
Enjel ‘Special Night’
Enjel ‘Pop’
第1期メンバー かわいいなあ
クレオ(CLEO) 

 98年、『SES』『ピンクル』という第1次ガールズグループビッグバンを経験した韓国音楽界は法則に従って、女性グループが放射線状に膨張していった。その3番手につけたのがデビュー時より大幅路線変更で大ヒットしたBaby V.O.X(ベイビーヴォックス)であった。それでもピンクルらが未曾有のブームを巻き起こした瞬間から、各事務所は同路線の女性アイドルを育て始める訳で、例のごとく99年辺りからその余波を受ける。
 今回紹介する『クレオ(CLEO)』もその一つで高1の時、MGR1集の客員歌手として参加したトンドク女子高の『パク・イェウン』(18)と小学校から合唱団で歌って歌手を夢見ていた国民大演劇映画科の『キム・ハナ(19)』、パク・イェウンの紹介でオーディションを通して合流したチャムシル女子高『チェ・ウンジョン(17)』のトリオでスタート。グループ名はギリシャ語で“栄誉”という意味であるのと「みんな来て私たちの歌を聴いて」“ Come Listen EveryOne”という願いを略してCLEO(クレオ)と名づけられた。
 99年5月、オレンジのように新鮮な1集
@を発表したクレオはeela iエンタという弱小所属事務所ながら90年代中期、韓国音楽界にR&B,アングラ新風を吹き込んだ男性トリオ『R.ef』を育てたホン・ジェソンを音楽プロデューサーに迎えピンクル直系のお姫様K−POP“Good Time”で、デビューステージを迎えた。「あなたと一緒に過ごしたい夜、両親の許しが必要だけれどあなたと過ごすこの夜が 私には一番大切な時間なの」と少女の儚い願いを最強のメロディで奏でるこのナンバーはいきなりベスト20に入るヒットとなり上り調子のなか夏にはこの1集から同タイプの‘あなたが私に恋した時だけ’を後続曲としてカット、片思いがメルヘンな曲調に乗って揺れ動く、韓国特有のお姫様K−POPは前述のピンクルよりもさかのぼって90年代初頭に活躍したカン・スジからの系譜がみてとれる。
 この時期、実は日本デビューの話が持ち上がっていてネックとなった言語の壁は在日韓国人女性を一人加えて4人組としてデビューすることで克服できると日本の東芝EMIと話を進めていたらしいが結局実を結ばなかった。さて、この1stアルバム、先のカットされた2曲を除いては意外にもO−24 1集のようなアングラ要素と欧米R&B路線が軸となり可愛いアイドルサウンドと交差する仕上がりとなっていて歌唱力ありあまるチェ・ウンジョンをはじめ本人たちは『生歌で聴いてもらいたい』というポリシーをグループ名にしたくらいで、当時の口パク優先ステージにジレンマがあったそうだ。
 そんな気合十分のクレオだったが99年末には早々にパク・イェウンがグループから離脱してしまう。こういうことは日本では珍しくても韓国ではよくあることでそのままグループブランドは次の駅へ進んでいくのである。

→クレオ(CLEO)写真館

 イェウン脱退後は解散説まで流れたが、長い黒髪と目力の強さが印象的なアジアンビューティー『パク・ヒョンジョン(18)』という新しい素材を見つけてきて、チェ・ウンジョン、キム・ハナ、パク・ヒョンジョンの再び3人編成で翌00年3月には
A2集カムバックする。前作は全編にわたり作曲家ホン・ジェソンが気合を入れて取り組んだ作品だったが今回は、彼自身が当時、全世界的にブームとなっていたラテンフィーバーにお熱だったためクレオ2集ではラテンダンスナンバー‘矛盾’ほか1曲のみ参加し、とっておきの作品は半月後に発売されたペク・チヨン2集‘Dash’へと注ぎ込まれていた。この曲がまさか韓国に一大ラテンブームを巻き起こしその年を象徴する大ヒット曲になろうとはクレオからしてみれば皮肉な話。それでもホン・ジェソンの穴埋めに様々な作曲家を参加させたことは次の方向性を探るには手っ取り早く、キム・ドニョンが作曲したリーダー曲‘Ready for love’は中でも出色の出来。以前のような可愛らしいサウンドは影を潜め、99年後半台等して大ヒットを連発したイ.ジョンヒョン‘来て(ワ)’路線のビートが強いダンス歌謡の要素を踏襲しながらK−POP独自の高揚するメロディとちゃっかりすでに沸点に達しながらCメロでまた火が着く高水準の名曲。そういえば前年ピンクルがBIGアーティストの道を決定付けた2集‘永遠の愛’のサウンドにも似ている。この楽曲でカムバックステージを迎えた彼女たちの顔にはさすがに自信がみなぎっており、1位を獲得してもおかしくなかったが時代が求めている音ととのズレだったり、メンバーが変わった事で1集での認知度が半減したのか、頂上には到達できなかった。
 後続は前述の
‘矛盾’でペク・チヨンの後を追いかけたが追いつけなかった。こうしてみると00年は韓国リスナーが求める音楽がすこしづつ変化していた時期で、あの3番手ベビボでさえ、4集楽曲でのTOP奪還に苦戦していたのだからましてルーキーのクレオにとってはいばらの道だったに違いない。ご存知、韓国芸能界は弱肉強食の世界で1回のカムバックでヒットをものにできなければ次回のカムバックステージがなくなったり壮絶な結末が想定できるだけに、次作3rdでクレオには必ず大ヒットが必要となった。
 01年7月、前作よりたっぷり1年半かけ準備し発売された3集『The Cleo Third 』
Bはメンバーが変わることなく3人不動のままリーダー曲‘Triple’ で活動、前回に続きラテンっぽいナンバーだがホン・ジェソンの影はすでになくコヨーテなどで名をはせたチョン・ジンスを起用し彼お得意のダンス歌謡を展開している。その他、アルバムを彩る楽曲はキム・ギボムが中心になって作ったものが多く後続曲‘束(ソク)’も彼の手によるもので、同時期に活躍していたPAPAYAの2集‘Violet’と同様、ダンス歌謡の平均点。ということで結局飛躍的なヒットが生まれなかったクレオ3集だが、本人出演のインタビューでも「助けてください」という言葉まで発言する始末、いよいよ先が危ぶまれうようになる。
 1集でオリジナリティが芽生えたクレオが2集でラテンダンス歌謡とメロディポップの二足の草鞋を履いたことでカラーが統一できず、お抱え作曲家も定まらない中、巡業向きのダンス歌謡をさせられた事は、元々R&Bなどが好きなメンバーからしてみればまさに‘矛盾’であり、背水の陣ながらもう一度自己を見つめなおし本当にやりたい音楽で勝負する時期に来ていた。
 03年2年弱ぶりに帰ってきたクレオは相当な決意を持って活動に臨む。まず、4集発売前に
‘Spy’という曲をシングル化し100ウォンという破格で販売するというイベントを企画。私も入手できなかったこのシングルは限定3000枚だったそうで1日200枚づつ売れ半月後にはすでに完売、今でいう先行ダウンロード配信みたいな企画で、4集への期待と自信が本物であると確信できたに違いない。そして同年3月、4集『PROJECT 童話』Cが発売される。
 まさかこの4枚目にして起死回生、完璧なK−POPが聴けるとは思ってもみなかった。アルバム全体を包み込むサウンドはまさにキム・ヒョンソクが生み出した2集〜5集の頃のベビボサウンドで、その後ベビボが6集でレイヴ・ハウスに路線変更し戸惑ったファンはをこのアルバムにその延長を重ね合わせることができる。キム・ウォンジュンとイ・サンミンをプロデューサーに迎え「これで最後かも?」という緊張感が質の高い楽曲を量産している。なぜかこの時期のクレオは自らを戒める話が多く前述のシングルも完売できなければ解散と宣言したりリーダー曲のミディアムテンポの
‘童話’でもライブステージ上で音程が狂えば5万ウォン、歌詞を間違えれば1万ウォンという罰金を自ら課した。やはり事務所から何かしらの圧力がかかっていると考えざるを得ない彼女たちの言動や余裕のなさはいよいよ事件となって表れた。
 同年7月、所属会社であるHOエンターテイメントはクレオ3人に対して「お前ら売れないならヌードになれ」と強要するハプニングが起きた。それだけならいざ知らず「ヌード写真を撮らなければ2億5千万ウォンの専属契約約金を支払え」という無茶苦茶な話。このHOエンタ、クレオがレボリューション9から新しく変えたばかりの所属会社で、すでに最初の段階で「アダルト動画」の話を契約書作成済みで持ちかけてきたり怪しかったという。結局、所属会社は否認しヌード撮影を撤回したが、メンバー内のマネージメントへの信頼は最悪となり、グループ創設メンバーの『チェ・ウンジョン』が脱退してしまう結果となった。
 そんな最中、夏にはイ・ヒョリによる空前の一大セクシーブームが巻き起こり、女性グループのヒット要因がダンス歌謡からR&B+セクシーに完全に移行する大きな転換期を迎えた。
 残されたメンバーは1年半後の04年7月に解散どころか再び新しいメンバー『チョン・イェビン(21)』を加えキム・ハナ、パク・ヒョンジョン、チョン・イェビンの3人は大韓セクシーR&Bブームにあやかり、そのクローンとしてタイプを変化させた5集『Rising Again』
Dを発表した。生まれ変わったということでキム・テヒョン作曲‘In & Out’をリーダーに勝負、確かにイ・ヒョリに毛が生えたようなR&B風サウンドだが、はたしてこの曲がCLEOでなければ出せない音か?と聞かれれば答えはNOで新人R&B歌手のグループはもとよりソロでもこれくらいは軽く作れてしまうため案の定、売れなかった。
 結局、5集不振から以降のアルバム発売は決定せず、6年間続いたグループの歴史はあえなく終止符を打った。
 グループのその後としては、真っ先に活動が目立つのがカン・ミヨン似のルックスと独特な歌声が魅力だった先のメンバー、チェ・ウンジョン。彼女は『Enjel』と改名し07年念願のソローデビューを果たす。クレオ4集以降の本当にやりたかったR&Bを見事に消化した『M y Name Is Enjel』
Eを発表、職人並みに作りこんだこの傑作に往年のクレオファンは久々に心躍ったものだ。他は歌手としては表立った活動はなく初期メンバー、パク・イェウンは自分のデザインした服を販売したり、パク・ヒョンジョンはMC業などの仕事など精力的に芸能活動をこなしている。

 さて、最後にCLEOの歴史を総括すると、第2のSESと呼ばれた第1期メンバーで幸先のよいスタートを切った彼女たちだったがそこに自分たちのカラーがあることを本人たちも素通りしてしまいパク・イェウン脱退の痛手を新しいパク・ヒョンジョンでカバーしたがキム・ハナと彼女がタイプ的に似ているためかち合ったことも加え再編成のためグループの名が浸透しなかったのは計算ミスであろう。しかしCLEOの色、軸となっていたのはまさにチェ・ウンジョンの表情豊かな歌声とキャラクターであり当時悪名高い(笑)シャープのソ・ジヨンと親友だった時も街中で一般人との喧嘩を芸能ニュースでネタにされるくらい勝気なその個性があった4集までは何があってもクレオだった。5集はやはり蛇足的なアルバムでこのアルバムを聴いてクレオだとわかる人は当時の新しいファン以外は少ないと思う。結果として、飽和状態の第1期ガールズブームで勝ち残れなかったというのが一般論だが、それでもK−POPガールズファンにとってはチャートに関係なく良質なK−POPを届けてくれた数少ない女性アイドルとして忘れられない存在である事は確か。


 
 




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