紫雨林(チャウリム)
 
元始、女性は太陽であった
DISCS


『Ruby Sapphire Diamond』


‘something good’


‘20世紀少年少女’


‘はるか昔’


‘carnival amour’MV


‘ハハハソング(5集収録曲)’MBC音楽旅行ラララより





紫雨林(チャウリム) / 7集 ('08)   CMCC-8116

 紫雨林の後期の最高傑作が現れた。後期といっても12年同じメンバー、紅一点の『キム・ユナ』ギターの『イ・ソンギュ』ベースの『キム・ジンマン』ドラムの『ク・テフン』の4人で続いたバンドは現在、最高の状態にあり最近ではローリングストーンズのように40年続くバンドを目標と語っていることから、この表現は妥当でないかもしれない。しかも『紫雨林』しか聴かないという根っからのファンにとっては彼らが出したオリジナルアルバム9枚(うちSP2枚)すべてが良いということになるだろう。
 個人的見解としては97年1集発売で当時の韓国ロックのレベルを軽く飛び越えた高水準インディーロックの覇者として新鮮さをもってメジャーに投入され、2集では日本のビジュアルロックの特徴である『デカダンス(退廃的)』がさらに進化し‘落花’も大ヒット、そして2.5集からは‘蝶’に代表されるユナの個性に米国アラニス・モリセット(裏声にインパクトがある)風の歌唱が加わりさらに音楽性が多様化、00年3集では‘マジックカーペットライド’など、今までの集大成のようなバンドサウンドがピタッときまりその可能性は日本へも飛び火して韓流ブーム前の貴重な韓国歌手として私達の心を潤してくれた。01年キム・ユナの初ソロやGLAYとのジョイントライブもこなし日本活動に力を入れ過ぎ2年振りとなった02の4集でいよいよ初期『紫雨林』は最高潮を迎える。それは世界へ旅立とうとした彼らが私達の夢ものせて到達した地点であり、英語で歌詞を書いたり日本受けする楽曲を選んだりと積極的に外に向けて発信していた最後の時期であったかも。‘ファンよ’をはじめ4集楽曲は名曲揃いだが、いかんせん歪みギターが轟く1発録りに近いバンドサウンドはこれ以上広がりを持てなくなっていた。そして気合の入った翌年の日本デビューでがむしゃらにきた彼らのストーリーが‘失敗’という2文字を叩きつけられ、初めて自国で自己の音楽をゆっくり見つめなおすこととなる。04年は先にユナのソロ2集、その後の5集は変換期のアルバムで今までのスタイルを保ちながらcrying Nutなどのパンク系が使うスカのリズムを取り入れた‘ハハハソング’は今までになかった紫雨林の新スタイルとなったがアルバム全体としては沸点の越えてしまった次の目標が定まらないサウンドとなった。





 05年はユナが単独で司会をする音楽番組『ミュージックウェーヴ』が始まり、多忙の中、オリジナルアルバムは発表せずメンバーが昔よく聴いた洋楽などのリメイクアルバムを発表。ユナ嬢も司会業や02年出会いから積極的な求愛を受け続けた恋人へ比重が傾きバンドの状態もあまりよくなかったんじゃないだろうか。06年は6月にいよいよユナがVJ出身で歯科医でもある『キム・ヒョンギュ』と結婚、冠番組である『ミュージックウェーヴ』は9月に終了、10月には6集が発売された。方向性はオーガニック(生楽器系)へと向かっておりリーダー曲など悪くはなかったが、ユナとバンドメンバーにはちょっとした距離感が生まれている様で、これがユナのソロ作なら問題はないがバンドとしてのグルーヴは初期作には劣る。おまけに彼らの売りであった『暗さ』が短所のように全編を包み込みもしかしたらこのイメージから一生抜け出せないのか?と、一ファンである私も焦燥感を持った。
 しかしその読みは外れた。『紫雨林』はまったくもってく新しく生まれ変わった。
 まずその要因の一つに07年10月にキム・ユナが初めての息子『ミンジェ』を出産したことがあまりに大きい。彼女の中から“憂鬱”を表現する言葉はいらなくなった。次に所属会社を独立し『LOVE工作団』という自社レーベルを設立したこと。それなりにプレッシャーとなっただろうが『母親』となったことで、太陽のように再び輝きだしたユナの心境の変化は著しくいい方向へ向かった。そして06年以降イ・ソンギュはキムCと『ペパーミントクラブ』というプロジェクト名でアルバムを発売、キム・ジンマンは映画音楽を作り、ク・テフンは『サウンドホリック』というレーベルを運営し新人バンドの養成など、ソロの仕事を存分にしたそれぞれのメンバーは再び『バンド 紫雨林』として深く結びつく。ユナが赤ちゃんのためにソウルへ度々行けない時は、メンバーから進んでユナの家に集まり練習を重ねた。
 08年6月、こうして出来上がったのが1年8ヶ月ぶりの7集ニューアルバム
『Ruby Sapphire Diamond』。一部発売前に音源が流出するという軽いアシデントがあったものの、その作品は近年稀にみる最高の出来。捨て曲なし。1曲も飛ばすことなく全編あっという間に聴ける名曲揃いだ。アルバム名である宝石群は「お金が沢山あっても悲劇的に人生を暮す人々が周りに多い。お金ではつけられない価値という考えで宝石をタイトルに決めるようになった」とユナ、「一曲一曲が真心が込められた宝石みたいな曲」とメンバーも語る。
 それにしてもこバンドとしての一体感は何だ。このクオリティの高さは今までの紫雨林を払拭するには十分すぎる。1曲目
‘oh,honey!’はテフンのドラムソロで始まりキンクスやローリングストーンズのようなリフの繰り返しがカッコイイR&R。2曲目‘幸福の王子’はマイナーからスタートするロックだが今までの彼らのような暗さはなくバックに突き抜けた明るさがある。3曲目‘something good’は後続としてTVでも歌われた春の日差しを浴びたような木漏れ日ロック。美しいメロディに誘われて歌われる「何かいいことがおきそうな日なの」という歌詞が曲を抑揚させる。4曲目‘drops’は今回の宝石のタイトルと相まってカラフルに踊りだすユナの声が可愛いエレクトロナンバー。5曲目は60年代の音楽・カルチャーに対するリスペクトを歌ったビートルズの‘ヒア・カム・ザ・サン風リフが特徴の‘20世紀少年少女’であまりの良さに発売から1年経過していたもののミン・ギュドン監督直々に懇願され映画『西洋骨董洋洋菓子店アンティーク』に使われ第3弾活動曲となった。6曲目‘蛍火’はピアノが琴線に触れるジョン・レノン風のナンバーで幻想的だった京都旅行をモチーフに作られている。7曲目‘carnival amour’は第1弾リーダーとしてカットされたいわばタイトル曲。5集‘ハハハソング’タイプにオーケストレイションを導入しサーカスのように賑やかに仕上がっている。この曲からビートルズ『アビーロード』の後半のような1曲1曲が粒立ちながらメドレーのようにつながっている印象を受ける。8曲目‘love rock'n roll’は『紫雨林』お得意のスタンダードロックだが、今までのように勢いだけで突っ走ることなくできるだけ音数を少なくシンプルにしながらインパクトを持たせてるところがスゴイ。9曲目はパン屋のお嬢さんへの片思いを歌った‘27’でギターのイ・ソンギュ作曲。そしてこのアルバムで私が特にお気に入りなのが10曲目‘はるか昔(イェッナル)’で新しくなった彼らだからできた新タイプの名曲。11曲目‘the DEVIL’も7曲目と同タイプでこれぞ『紫雨林』ロック。12曲目‘Poor Tom’はキム・ジンマン作曲イ・ソンギュ歌唱の哀愁を帯びながらダークな雰囲気がマイナスになっていないアルバムにアクセントを聴かせている楽曲だ。ラスト13曲目‘blue marble’はピアノから流れ出す大団円なナンバーで、そこには暗さで訴えかける今までのキム・ユナの心はなく、一言一言噛み締めるその歌い方には未来の子供たちへの強いメッセージからくる明るさが全体を照らしていた。まさに圧巻のアルバム全曲51分04秒。
 その後、7集周辺の動きとしてはまず、前述の通り映画『西洋骨董洋洋菓子店アンティーク』に「独創的な素材と感覚的映像美が特徴の映画だから紫雨林の音楽ともよく合う」と個人的に彼らのファンだったミン・ギュドン監督が7集収録曲を挿入ラブコール。そのおかげで自社インディーレーベルで宣伝がままならなかった7集は08年から1年近く経った09年末まで長期間活動することができ、昔のようにメジャー級の支持が蘇った。年末には2年ぶりの大型コンサート『ミッドナイトエクスプレス』が20日大邱(テグ) EXCO コンベンションホール、 25日釜山(プサン) KBS ホール、31日ソウルオリンピック公園体操競技場で開催された。
 09年2月には紫林雨を特集する番組MBC『音楽旅行ラララ』が放送され、スタジオライブでの圧倒的歌唱力とバンドサウンドに視聴者から反響が多くあり、本人たちもこういった自分たちが出したい音でLIVEができる音楽番組がもっと増えてほしいとこぼした。ユナはその際、「次作はソロアルバムを考えており、意外にもトロット中心のアルバムになりそうです」と語り周りを驚かせた。

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